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他の生徒が誰も起きていないような時間に、扉をノックされた想一は、ちょうどエンディングを迎えた映画の一時停止ボタンを押した後、そっと扉を開けた。
すると、そこに真帆がいるではないか。
「遠藤…何してんだよ、ここ男子寮だぞ」
「ん、知ってる」
真帆はこくんと頷き、こんなことを言った。
「戦闘訓練テストの相手チームを知る方法がある。けど、眞柴くんの協力が必要。やる?やらない?」
一体どんな協力をするのか、真帆は言わなかった。
そして、想一の方も内容を聞く前から
「やる」
と即答して、薄く笑った。
想一の判断材料は、それが楽しいか、楽しくないかである。
この学院に入学したことすら、映画のような非日常の世界が楽しそうだという理由からだから、真帆が何らかの手段で、教師から情報を盗み出そうとしているのは
(楽しいに決まってる)
と言うわけだ。
真帆がまるでゲームの一環のように、パソコンをいじったり、射撃をしたりするのと、その感覚は少し似ているのかも知れなかった。
………………
その日のうちに、想一はある教師の録音音声を入手していた。
真帆から受け取ったもので、声の主は、戦闘訓練の授業を受け持つ教師・上田の補佐を務める、近松という若い男性教諭だ。
いかにも軍隊出身の重鎮である上田と比べると、近松は実戦経験は浅いが、生徒への教え方が懇切丁寧で、真面目なことで有名である。
想一は、寮に帰るといつもなら映画の一本も見る所、その日は、真帆が授業の時に録音したらしい近松の声を再生し、ヘッドホンでひたすら聞くことに専念した。
特別な癖はないが、抑揚のない話し方をする。
しいて言えば、少し柔らかく語尾が消える特徴があった。
その特徴を掴み、想一は、極力近松の話し方を真似てみる。
日頃から、映画の台詞を真似ている所為か、それとも女優である母から天性の才能を受け継いだのか、想一は他人の特徴を掴み、真似る能力に富んでいる。
それがスパイ向きである―――ということに、彼自身はまだ気付いていないが、事実、ほんの少し練習しただけで、想一は完全にターゲットである近松の話し方を把握していた。
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