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夕方、その非常階段からは、カラスが飛ぶのが良く見える。
夏の終わり、中等部校舎の非常階段に、彼女は一人、佇んでいた。
色白の頬が、夕焼けに染まっている。
ボブの黒髪に、黒縁眼鏡。いかにも大人しそうで、華奢な少女である。
赤い空に黒い翼を広げるカラスを見て、彼女は眼鏡の奥にある、どこか影のある孤高の黒い瞳をやんわりと細めた。
が、静寂を壊す、どこか間延びした男子生徒の声が聞こえた。
「鳥原ぁ!」
鳥原亜紀、それが彼女の名前だ。
「とーりはら!鳥原ー!鳥原ぁ!」
連呼されると、自分の名前が間抜けに聞こえる気がして、亜紀は溜息を吐いた。
あんな素っ頓狂に明るい声で、亜紀の名前を呼ぶ人物は、一人しかいない。
亜紀は制服のスカートを翻し、ちらりと遠くのカラスに視線を投げた後、黒縁眼鏡を外した。
眼鏡を取ると、亜紀の視力はかなり下がり、遠くのものはぼやけてしまうが、眼鏡をするのは、授業でボードを見なくてはならない時と、遠くのカラスを見る時だけだ。
人の表情の細かい変化など、見えなくていい。
「鳥原―っ」
相変わらず自分の名を叫び続けている人物の元へ向かおうと、亜紀は学生鞄を片手に校内へと戻った。
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