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「はーぁ」
寮の自室に戻ると同時に溜息を吐いた亜紀を見て、二人一組のルームメイトである真帆が、ノートパソコンから顔を上げた。
が、ちらりと亜紀を見ただけで、真帆は何も言わない。
「……」
「……」
亜紀も特に何も言わず、二人の間でただ視線が交わされただけだ。
いつも二人は部屋で会話と言うものをしない。
仲が悪いわけではなく、それが二人にとって楽なだけだ。
寮で相部屋を使うのは、特待生という扱いで入学した、言わば“無料組”である。
少し金を払えば一人部屋だが、少なくとも亜紀の家庭からは、どんなに振り絞ってもそんな余裕は生まれない。
亜紀は音楽特待生で、今も学院の吹奏楽部でコンサートマスターとして部を仕切っている。
一方、真帆は情報処理の特待生で、暗号、ハッキング・セキュリティの授業では、高等部の学生を優に超える成績を誇る。
共通の趣味も話題もないから会話はしないが、体力に自信がなく、互いに人の干渉を好まない点で、二人は似ていた。
そうでなければ、相部屋での生活など、二人とも耐えられないだろう。
両親が有名な科学者で、それなりに裕福な家に育ったはずの真帆が、なぜ無料組の相部屋にいるのかは知らなかったが、亜紀は特にそれを聞こうともしなかった。
―――曖昧模糊。亜紀の好きな言葉だ。
自分の事も他人の事も、ぼんやりと曖昧に、そして人間関係は付かず離れずが丁度良い。
とにかく、真帆はすぐにPCに視線を戻し、亜紀は読みかけの漫画を手に取った。
二人の部屋はいつも静かだ。
PCのファンが回る音と、漫画のページをめくる音以外は、ひたすら静寂である。
午後七時、夕飯の時間が来て食堂に向かう時も、部屋に戻ってシャワーを浴びる時も、消灯時間が来て寝る時ですらも、二人は一言も会話をしなかった。
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