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東都防衛学院―――低迷する日本国家で初の、防衛教育に特化した、全寮制の私立中高一貫校。
英語や数学など、一般的な学生と同じ教養を身に付けると同時に、体育とは比べ物にならない厳しい基礎体力の錬成の授業があったり、軍事の基本である、小銃の取り扱い方、射撃、衛生管理、格闘などの専門分野を学ぶ、特殊な学校だ。
中等部二年生は、夏の射撃大会を終え、もうすぐ期末テストに入る時期である。
夏の射撃大会、中等部の優勝トロフィーは、ある少女の机の上に飾られていた。
午後七時。他の生徒はまだ食堂で、他愛ない雑談に花を咲かせるなり、互いの部屋でゲームをするなりで騒がしい時間である。
が、少女はそんな他の生徒を横目に、食事を終えると、さっさと自分の部屋に戻った。
中学生の割に大人びた容貌を持ち、美しい長い黒髪を揺らして廊下を歩く彼女の姿に、数人の男子生徒が振り向く。
が、彼女はそんなことなど気にも留めない。
部屋に戻ると、鞄から数学の参考書を取り出し、すぐに机に向かった。
宿題はとうに終わらせてある。明日以降の予習だ。
参考書の問題を目にすると、元から鋭い彼女の目付きは、さらに鋭さを増した。
集中しているからだ。
本来ならば、最低でも一時間半、彼女の集中力は途切れることがないはずだが、その日は違った。
三十分ほどで、行き詰る。
机のスタンドライトの明かりを受け、トロフィーが輝かしい光を反射させていた。
「……」
ふと、少女は数学の参考書から目を上げ、机のトロフィーを見た。
トロフィーの後ろには賞状が飾られており、先月の陸上競技大会の優勝者として、橘 和美(タチバナカズミ)の名前が記されている。
橘 和美―――学年トップの成績を誇り、文武両道の優等生。
学院での成績が一位なのはもちろん、和美はどの大会においてもメダルやトロフィー、賞状の類を逃したことがなかった。
飾る場所がないから他は全て仕舞ってあるが、銀メダルや、三位の賞状は捨ててしまった。
(二番じゃ、意味がないのよ)
和美はそう思わずにはいられない。
(一番のみが、価値を持つ)
自分に言い聞かせながらトロフィーを見る和美の目は、隠し切れない競争心を宿し、鋭い。
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