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「橘さん…橘さん!」
不意に名前を呼ばれていることに気付き、和美はハッとして周囲を見回した。
すると、すぐ目の前に彼がいた。
華奢で、背の低い少年、一三四 善司だ。
「あ…何?」
和美が顔を上げると同時に、善司はぎくりとし、頬が熱くなるのを感じた。
恋心ではない。極度の人見知りで、赤面症なのだ。
先日の戦闘訓練テストで、和美とペアを組み、負けてしまったという負い目もある。
もっとも和美は、もうそのことは引き摺ってはおらず、意識は次のテストへと向いているのだが。
「あ、えっと…その、」
そう俯き加減に口籠る善司の手に、日直ノートがある。
(そうか、私…日直だ)
そんなことも失念していたなんて、と和美は溜息を吐いた。
既に今日の授業もホームルームも終わり、時刻は放課後である。
「そうね、ごめんなさい。放課後の見回り、しないとね」
がたりと席を立つと、善司よりも和美の方が背が高い。
同級生と言うよりは、姉弟のように見えた。
華やかさのある和美と違い、善司は大人しく、目立たない方だ。
おずおずと善司が、上目遣いに和美を見る。
「あの、橘さんがぼーっとしてるなんて…珍しいですよね」
クラスメイトだが、善司は和美に対し、いつも敬語で話す。
彼は続けた。
「具合が悪いとか…?だとしたら、僕…あの、放課後の見回り、一人でも…」
その言葉に、和美は無意識ながらについ目を鋭くさせてしまった。
「平気よ。ぼーっとなんか、してないわ。さっさと行きましょう」
「は…っ はい」
さっさと教室を出て行く和美の後を、善司が仔犬のようについて行った。
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