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翌朝、和美は医務室で目を覚まし、保健医と言い争いをしていた。
「平気です!もうなんともないし、授業に出なくちゃ」
「そんなこと言ってもね、橘さん。あなた、熱が40度もあったのよ」
困ったような顔の保健医に、和美は鋭い目を向けた。
「解熱剤を下さい」
「熱が下がったからと言って、体力が回復するまでは休まないと…」
「休めないんです!」
和美の瞳が揺れた。
一度休んでしまうと、遅れを取り戻すのが大変なことを、和美はよく知っている。
「お願いします!解熱剤を下さい」
そう言って頭を下げ、長い黒髪を揺らす和美を前に、保健医が溜息を吐いた時だった。
医務室の扉を開いた者がいた。
「あの…橘さん」
扉の隙間から、おずおずと善司が顔を出す。
「…何?」
和美の鋭い視線が、善司を捉える。
善司は頬を赤くし、それから上目遣いに言った。
「昨日は、ごめんなさい」
何を謝っているのか、和美には理解出来ず、直線的な眉が寄る。
「あの、体調悪いのに…日直の仕事、僕が手際悪くて、その…」
尻切れトンボな答えを聞いて、和美は
「私は大丈夫だから」
と一言で返した。
が、その答えを聞いて、口を挟んだのは保健医だ。
「大丈夫じゃないから、医務室にいるんでしょう」
「…っ…」
悔しげに唇を噛んだ和美を見て、善司が医務室に体を滑り込ませながら、ぽつりと言った。
「今日は休んだ方がいいと思います」
「あなたに言われたくないわ。授業を一度休んだら、それがどれだけ大変か、あなただって分かってるでしょう?」
和美の強い口調にビクッとしつつも、善司は拳を握りしめた。
「…今日は座学だけでしょう?それなら、あの、僕がノート取りますから…」
そのノートを、和美に貸すと言うのだ。
確かにその日の授業は、数学や理科といった一般教養の授業ばかりで、善司は和美と同じものを選択している。
「今日は休んで下さい…っ」
善司が頭を下げた。
流石にクラスメイトに頭を下げられては、和美も強く出られない。
「…分かったわよ」
初めて和美が、自分から目を逸らした。
ふいと横を向いたまま、その頬がほんの僅か、染まっている。
恋心ではない。少しだけ、悔しかったのだ。
(何よ、頭なんか下げられたら…)
いくら和美でも、敵わない。
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