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その日、和美は寮の自室で、一日休養を取ることになった。
解熱剤を飲んではいるが、代わりに頭がぼんやりとしてしまう。
せっかく手元に数学の参考書があると言うのに、ほとんど頭に入って来なかった。
「ふぅ…」
零す吐息は、まだ少し熱っぽい。
少し睡眠をとったが、うつらうつらとしては、またすぐにテストのことが気になって、目を覚ます。
結局、何もしないままに放課後の時刻を迎えてしまった。
そんなことを繰り返しているうち、和美は儚い夢を見ていた。
それはもう七年以上も前、和美がまだ小学校に上がったばかりの記憶だ。
立てるようになってすぐ中国武術を習い始めた和美は、幼い頃から体が丈夫で、滅多に病気などしなかったのだが、麻疹(ハシカ)で学校を休まねばならないことがあった。
和美は、小学校に入学してすぐに学校を休むことを泣いて嫌がったが、その時、和美の母は
「大丈夫よ。和美ならすぐに授業に追い付けるし、お友達だって待っててくれるわ」
と、幼い和美の髪を撫でてくれたのだ。
和美が眠るまで、ずっと。
母の手は柔らかく、指先から茉莉花の香りがした。
「…お母さん…」
ふと呟いた自分の声で、和美は再び目を覚ました。
(なんでお母さんの夢なんか…)
病気で気が弱くなっているのだろうか。
和美には三つ下の妹がいる。姉妹仲は悪くない。
そこそこ裕福な家に生まれ、両親とも
「一番じゃなくても、皆オンリーワンなんだから」
と愛情をもって育ててくれた。
しかし、和美はいつの頃からか、両親の目が自分を「評価」していることに気付いていた。
「お姉ちゃんなんだから、見本にならないとね!」
両親から言い聞かされたその言葉に、和美は応えようと努力してきたはずだ。
成績が下がると、両親はどこか残念そうな顔をする。
逆に成績が上がれば、褒めてもらえる。
だが、妹は違った。
「見て、また一番!」
妹は、いつでも一番だった。
天才肌で、大して努力しなくても簡単に一番を取ってしまう、要領の良い子。
努力に努力を重ねる和美とは、正反対だ。
成績も、中国武術も、そして愛情も。
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