競争者とドクター

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(妹は、いつも一番)  和美の中に、競争心が芽生えたのは、妹の存在が大きい。 (私が一番になりたい) という和美の執念は、ここから生まれたのかも知れない。  中学に上がる時、この学院に入学したいと言ったのは、和美だった。 「そんな危ない学校に?」  両親とも反対したが、和美は頑固な所があり 「絶対にこの学院がいい」 と押し切ったのである。  決して家が嫌いなわけじゃない。妹も好きだ。  それでも (家を出たい) という思いは強かった。  家にいる限り、妹が一番、和美は二番。  ならば、全寮制のこの学院へ。  そうして入学した学院で、和美はトップの座を他の生徒に譲ったことはない。 (でも、今回の期末テスト、ダメかも知れない)  少し弱気になり、気付くと和美は電話を手に取っていた。  押し慣れた実家の番号を押し、コール音を聞く。 「はい、橘です」  やんわりとした母の声に、なぜかじわりと涙が浮かんだ。 「…もしもし。お母さん?」  いつもより弱い和美の声に、母はすぐに気が付いた。 「和美。どうしたの?」 「実は…」  具合が悪くて、と続くはずだった言葉を、和美は結局、口にすることが出来なかった。  先に母に 「成績が落ちたの?」 と聞かれてしまったからだ。  元気にしているかどうかよりも先に、成績のこと。  母に悪気はなく、むしろ (和美はいつも一番を取りたがる子だから、成績が悪くて落ち込んでいるのかしら) と心配してのことだったが、それは和美には通じていない。 (お母さんは、私の体より成績のことが心配なんだ)  そう思うと、和美は涙を拭い、いつもの鋭さを目に戻した。 「ううん、成績は大丈夫。お母さんが元気にしてるかなと思って、ちょっと電話しただけ」 「そう。元気よ。和美は?」 「あ、もう夕飯の時間だから切るね。成績は大丈夫だから」  一方的に言って、プツッと電話を切った。  そのまま電話を投げ、枕に顔を埋める。 (大丈夫、私は一番になれる)  自分にそう言い聞かせるしかなかった。
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