第一章・目醒め

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「…っつーか、遅せぇな…。 ……っ……!!?」 ぽつりと呟いた誘鵺は、己の目に写ったものが信じられないとでもいうように、愕然とした表情で箏音の後ろを凝視して固まった。 「………? いったいどう……」 振り返り、箏音も誘鵺と同じく美しい顔を歪めて固まった。 「…あぁ!? もうとっくにおるわい。 相変わらず、お主の目は節穴のようじゃな。 それにな、全然間に合っとらんわ、戯けが。 本当に相変わらず、お主は救いようのない莫迦らしい」 まるで地鳴りのように。 低く太い、腹に響く声。 いつの間にか。 本当にいつの間にか、痩身で、しかし逞しい老人が、威厳ある佇まいで長の席に座していた。 白く長い髭、深く刻まれた皺。 深い藍色に染まった着物が、その男の雰囲気に良くあっていた。 「お主もじゃ、箏音。 そんなアホと一緒におれば、お主までアホが伝染るぞ」 大雑把に、しかし皮肉を込めて老人は笑った。 そして老人は深く息を吸い――空気が変わる。 鋭利な刃のような、薄ら寒い恐怖だけが空気を漂い、その場の生き物の緊張を最高まで引き上げた。 「…いよいよ明日じゃ。 儂らが待ち望んだ、“摩訶の戴冠”<マカ・クラグ>は、いよいよ…!!」 さほど大きな声で話しているわけでもないのに、その威圧感に誰もが押し黙る。 ――否、まるでそれが当たり前のように錯覚する。 この男の前では、誰もが沈黙せざるを得ないような――服従せざるを得ないような。 そんな気持ちにさせられるのだ。 ――それこそが、彼が長たる所以なのだから。
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