第一章・目醒め

10/10
前へ
/12ページ
次へ
「…っざっけんな糞爺…!!」 静寂を切り裂いて、誘鵺の怒号が響く。 ぎらり、と。 その瞳には、言い知れぬ憤怒が燃えていた。 「てめぇそれでも大長かよ!! “牙”として出すってことはよ、そいつを“贄”として差し出すってことだろ!! てめぇは安全圏から眺めてっから、んなこと平気で言えんだろ!? 今まで“牙”がどんだけ死んだか、知らねぇとは言わせねぇ!! ――雪音も、魄も、菜月も、悠も――皆、てめぇのせいで死んだんだ…!!」 ――瞬間、空気が凍る。 触れれば切れそうなほどに張りつめた空気が、耳障りな音を立てて軋む。 老人の発する怒気と誘鵺の発する殺気とが混ざり合い、死の気配を濃密に漂わせた。 たわめられた竹がいつか弾けるように。 それは、綻びの定められた、一瞬の静寂。 ――すうっ、と。 深く息を吸う音を聞きとめた者は、この場に誰一人としていなかった。 だから次の瞬間に放たれた言葉に誰もが呑まれ、会合は一方的に終了されることとなる。 「…私が、新しき“牙”となろう。 大爺様も誘鵺も、そして長方も、それで異論ないな?」 そう言うと箏音は、皆が呆気にとられている間に、襖を開けて立ち去った。 誰も何も言えぬまま、襖の向こうへ消えた箏音に、思いを馳せていた。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加