4人が本棚に入れています
本棚に追加
しぃん、と。
黒い影の言葉が静寂に呑み込まれ、耳鳴りとなって返ってくる。
耳鳴りが数瞬響き、山の後ろから太陽が完全に姿を現した。
太陽の光が黒い影の闇を拭って、その正体を白日の下に晒した。
息を呑むほどに美しい、その姿を。
憂いを帯びた瞳。
自嘲を含んだ笑みを浮かべる口許。
風に靡く漆黒の髪。
どこがどう、とかいうことではなく、ただ美しい。
そんな女の姿を。
そして、一際目を引くのは、黒い影の背に生えた、濡れ羽色の翼。
その翼が朝日に照らされ、酷く不吉に、けれど酷く美しく、輝いた。
その光景を見て、呼朝は顔を歪めた。
彼女にとって、今の情況はどれほど辛いことなのか。
考えるまでもなく感じられるくらいには、相当堪えているのだ。
私などには窺い知れぬ苦悩が、きっとあるには違いないのだから。
家に、血に、力に、友に。
縛られ、絡め取られ、身動きさえ許されぬままに。
彼女は押し流されていくだけなのだから。
若く美しいから尚。
その姿は凄惨で凄艶で、あまりに哀れだった。
「………。
そんな風に押し黙るな。
気まずくなるだろうが」
苦笑しながら言う黒い影を、呼朝は憐憫を込めて見つめる。
そして、努めて明るく、呼朝は言った。
「…ふふ、そうですね。
“箏音”<コトネ>様」
黒い影はそう言われて驚きの色を滲ませたが、最後には優しく微笑んでその心に応えた。
「…ありがとうな、呼朝」
その言葉に対して呼朝はなにも言わずに、そっぽを向いて決まり悪そうに頭を掻いただけだった。
最初のコメントを投稿しよう!