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どくんっ、と。
自分の心臓が派手に飛び跳ねたのを、箏音は感じた。
「…だからお前は嫌いなんだ、誘鵺。
私をいつも……」
…動揺させる。
「はは、知ってるよ。
でも、俺は好きだから」
なんてことないように、さらりと誘鵺は言った。
その言葉の意味を深く理解するにつれ、心臓が早鐘のように打ち、顔に熱が広がっていく。
いたたまれない気持ちになって今すぐここから逃げ出したくなったが、生来の負けず嫌いがそれをあと一歩のところで留めた。
誘鵺はそれをおかしそうに見つめ、やがてその顔を焦りに歪めた。
「…っあぁあぁぁあぁあぁぁっっ!!!
やべぇ、遅れるっ!!
急げっ、箏音ぇえぇっ!!
爺に殺されるぞっっ!!」
「な、なに!?
もうそんな時間か!?
それに貴様、大爺様をなんと無礼な呼び名で……」
こんなときにも礼儀を重んじる箏音に呆れた態度を見せつつも、誘鵺はやわらかな笑みを浮かべていた。
「…すいません。
私のこと忘れてやしませんか?」
呼朝が控え目に、けれど目にいっぱいの涙を溜めて言った。
その幼顔と相俟って、いじらしさが一層際立つ。
「…い、いや、忘れていたわけではなくてだな…?
な、泣くな呼朝。
な?大丈夫だから…」
あわてふためく箏音の声に、耐えきれなくなった誘鵺の笑い声、呼朝の涙声まで加わって、その一日はいつもより少し騒がしく始まった。
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