おもちゃのピアノ

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 もちろんわたしも怖い。しかし、その怖さはあくまでドス江の感じている怖さにはとうてい及ばないだろう。それを確認するように軽い気持ちでわたしは手元のおもちゃのピアノを指で触れる。 「……!」  わたしが触れたのと同じようにピアノの音もして、ドス江がまた息をのむ、その音が伝わる。わたしの恐怖を感じるセンサーは麻痺していて、ただ人を怖がらせる快感のみ感じていた。また、めちゃくちゃに弾く。音はめちゃくちゃに鳴るが、ふっとわたしとドス江は同時に本物のピアノの向こうに人の気配を感じた。窓ぎわのピアノのふたはさっきドス江が開けたままで、わたしからピアノの向こうは見えないのだがたしかに気配がある。  ピアノの向こうに、わたしの触れたキーを忠実に鳴らす人物がいる。  それはさらに、わたしを怖がらせ、それを振り払い快楽をむさぼるようにわたしはむやみにピアノのキーを叩いた。音は鳴らされ続けている。ドス江は相変わらず怯え続けているようだったが、もはやそんなことはどうでもよかった。わたしは恐怖とそれを上回る快感と、それらをさらに包む絶望的な恐慌に何も考えられなかった。
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