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始まりと同様に音は急に鳴り止んだ。何時間も続いたかのように思えたが、そんなに時間は経っていなかったらしい。余韻すべてが鳴り止むと同時に、明かりも戻った。
照らされた、蒼白のドス江はたしかにそこにいた。わたしもたぶん、蒼白だっただろう。ピアノの向こうの影はすでに消えていた。ドス江は部屋の冷淡な明かりに案の定、ひーん、と泣きだしたけれど、わたしにはそれが死にかけの馬の鳴き声にしか聞こえなかった。
それから帰るときもわたしとドス江はうまく言葉を伝え合うことができなかったが、それはわたしが歩きながら放心して、考えごとをしていたからでもあるだろう。
ドス江は次の日、「ピアノの向こうにはイケメンの幽霊がいたよ! すごく颯爽と弾いてるの、私見た!」とわたしにいった。やれやれ、彼女は泣いていたことなんてなかったみたいな話し方だった。ドス江は、そのピアノの向こうにいたイケメンがわたしだったことを知ったら、どんな顔するんだろう。
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