桜の男。

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風が吹くと桜色の花びらが舞い散る。 辺りを桜色に染めて。 あたしの心を奪っていく。 なんて綺麗なんだろう。 見ていると、吸い込まれてしまって、もう戻ってこられないような気さえしてくる。 でも、いいのかな。 桜に飲み込まれて一体となったら、あたしは何を感じるのだろう? きっと、何も感じない。 ただそこにいるだけで、見るもの全てを魅了する存在感を表すのだろう。 この桜の木は、威圧ともとれるくらいの存在感がある。 「綺麗だな」 そうあたしの背後から男の人の声が聞こえた。 あたしに言ってるの? そんな事を思いながら振り返ると、知らない人が立っていた。 真新しい制服。 きっと、新入生。 いや、新入生以外考えられない。 彼の顔は、一度見たら忘れられないだろう。 悪い意味なんかじゃない。 彼はきっと女子生徒の心を簡単に掴んでしまうくらい整った顔立ちをしていた。 切れ長の目。 綺麗に鼻筋の通った鼻。 薄い唇。 彼のパーツは完璧で、悪いところが見つからない。 でも、きっと彼は………。 「何?俺の顔、そんなに気に入った?」 不敵な笑みを浮かべた。 自信満々なその笑みに、あたしは苛立ちを覚えたけれど、同時に悲しみに近いものも感じる。 彼は人を愛せるのだろうか? そうだ、それなんだ。 彼は全く人を信じていないようなそんなオーラがあたしの中へと流れてくる。 「違うよ。あたしは貴方の顔立ちに興味なんてないの。それにしても、桜が綺麗だね?」 そう微笑みかけて、再度、桜を見上げた。 「お前、変わり者だな」 そう言った彼が桜の木を眺めてるあたしでも分かるくらい近づいてきた。 きっと、彼はあたしのすぐ真後ろにいる。 背中から感じる熱は、きっと彼のぬくもり。 「お前、名前なんて言うの?」 そう言ってた彼はあたしを抱きしめてくる。 さらに彼の温もりがあたしの中に溶け込んできた。 不思議と嫌じゃなかった。 心地良ささえ感じる。 心臓は激しく鼓動するのに、不快感を感じなくて。 その鼓動すら、心地良い。 蓮に抱きしめられてるときとは違う安心感。 「あ、あたしの名前?柳 千陽」 噛みそうになってしまうくらい身体が震えそうになる。 見知らぬ人に抱きしめられているのに、振りほどくことが出来ない。 蓮がいるのに、こんなことダメって分かってる。 でも彼の温もりと甘く切なくあたしを酔わせる香水の匂いが思考を麻痺させる。
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