(二)

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 夜の森は恐ろしかった。ただでさえ月のない星空の下。ずらりと並んだ木の幹の隙間から、気が遠くなるほど濃く重なる草木の影がのぞいている。一筋の光もささず、蜘蛛の足のように不気味に覆いかぶさる枝葉の下は、夜よりもずっと暗かった。  オグノスは息を飲んだ。だが帰ろうとは思わなかった。この深い闇のどこかに、あの美しいルーペが眠っているのだ。あれは獣どもが持つにはふさわしくない。祖父の血を引く自分こそが持つべきもので、そして逆に、自分にはあのルーペに対して責任がある。オグノスは強くそう感じていた。  震える手でリュックからマッチを取り出し、松明に火を灯す。油の燃えるにおいが鼻につくが、その明るさとほのかな熱にオグノスの緊張は和らいだ。そうして、ゆっくりと森の中へ足を踏み入れる。土はゆるく、腐ったような異臭を放っていた。  一歩目から気が滅入るのを感じながら、さらに一歩、一歩と進んでいく。一呼吸ごとに左右を見回しながら、精一杯に耳を澄ませながら。しかし見えるのは炎に照らし出される草木の影、聞こえるのは松明の立てるちりちりという音と、姿の見えない獣の遠吠えくらいなものだった。
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