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ある日、ある夜、ある朝、ある時、ある年代、ある処、その全てにこの物語は無い。 死人には口が無く、生者には刻が無い。語り手には識がなく、聴き手には意思がない。 語り手は唐突に。 口の端を伝う鮮やかな赤を拭いながら、男は自らの生を反芻して言葉を心の中で織り成していく。 千切れていく記憶を辿ると、血と鉄の色が鮮やかに蘇る。 匂いまで蘇るようだ、と考えてこれは本物かと苦笑した。他者の生悉くを否定してきた両の手も、今では自らの血にまみれ地面に浸るのみ。 そして男は思考を止めた。思いを過去に還しても、彼が求める物はそこにはない。 そして男は目を閉じた。視線を現在に映しても、彼が求める物はそこにはない。 そして男は。
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