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僕が管理人になった時点では、住居人はおらずコーポ杉並は廃墟のような雰囲気を醸し出していた。
「大輔くん、少し休んだら? おいしそうな水羊羹があるけど」
「あ、いただきます」
僕のことを気にかけ、水羊羹を2つ机を上においてくれたこの親切な方こそ、一番初めの住居人だ。
名前は遠野麻莉亜さん。
フランス人形のような碧い瞳の方で、容姿、性格ともども何もかも完璧な人だ。
「どう? 筆は進みますか?」
「ぼちぼちってところです。麻莉亜さんも、就活の方の内定はいただいたんですか?」
「えぇ、ブライタルの方へ」
「なるほど」
僕と麻莉亜さんは水羊羹を一口し、縁側からコーポ杉並を仰いだ。
今思えばここの住居人もだいぶ増えた気がする。僕はここのみんなが大好きだ。
家族を失った僕に、また新しい家族が出来た。そんな気でいた。
「そういえば、202号室の山口さん夫妻は新婚旅行へ行くそうですよ」
麻莉亜さんが、自分もいつかウェディングドレスを着て式場でいることを想像しているのだろう、口は動いているものの、目は上の空だった。
「きっといい人が見つかりますよ。ケータイの出会い系はどうですか?」
僕が冗談交じりに言うと、
「ケータイはもうこりごりですよ」
と眉をハの字に歪め、苦笑いをした。
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