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死ぬ間際に、母は「笑いなさい」と言った。 今でもメルには記憶が残っている。 5歳と言えども母の死と病気は理解できた。 母の言葉の意味もわかっている。 泣く自分に笑ってほしかった。 「……」 森林に囲まれる木造の家を出て、空気を吸う。 緑の匂いに包まれながら、バケツに水を入れて歩き出した。 母は笑ってほしかった。 息子の笑顔を見たかった。 だが、メルは笑えなかった。 死が突然すぎたから。 大好きな母がいきなり亡くなった。 大好きな父が悲しみに打ちひしがれていた。 自分だけ笑うことなんて、 「………できない」 そう呟けば、見えてくるのは向日葵畑。 向日葵畑の前には木で作られた十字架が立っていた。 十字架にはプレートを下げられており、そこにはアーニャ・ティーンと書かれていた。 母が死んで以来、父はマジックはしていない。 小さい頃、メルは父にマジックをしてもらえるように独学で勉強をしたが、アシスタントさえさせてもらえなかった。
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