野望症候群

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「閣下、御目覚めでいらっしゃるでしょうか」  白を基調とした石造りの空間に、控えめな問い掛けが穏やかに柔らかく響いた。 「5時過ぎから起きていますよ。いつも御苦労様です、クラリス」  熟練した職人の技前を思い知らされるほどに、寸分の狂いなく組み上げられた直方体の空間。建材である一つ一つの石もまた、凍てついた湖面の如く白い滑らかな断面を晒している。僅かに声を遮る両開きの扉だけが壁面に起伏を与えていた。  扉と対面の壁際に、寝台が一つ。そこに年老いた男性が腰掛けている。他に人の姿はない。 「いえ、そのような……間もなく演説の時間となります。御支度を」  扉の向こうからやや上ずった声が届いた。 「クラリス、貴女は緊張と萎縮を感じていますね? このわたくし、ジャンピエーロの声を受けて」  ジャンピエーロは床を見るように俯いたまま立ち上がり、磨き上げられた樫の先に問い返す。その佇まいが見えたのか、声の行先でしゃっくりに似た息を呑む気配がした。 「ッ……いえ、そのような、ですが――」 「肯定も否定も不敬になるのではないか。それが貴女の懸念です」  立ち上がった彼は年齢を感じさせない大股で硬い靴音を隠すことなく、姿の見えない彼女へと向かって行く。視界を遮る板の奥から、一瞬だけ「ひ」という声音が混ざった。ジャンピエーロの歩幅が開く。 「いけません! いけません!! いけませんねえ!?」  彼が勢いよく両開きのそれを引き開けると、目前に平伏した侍女の姿が映った。  ほぼ茶色に近い肩口までのブロンド。中肉中背というにはややほっそりとした体躯と四肢。それを包む白い襟と濃紺のワンピース。  それがクラリスであった。 「わたくし達は等しい命。平等であり、平等でなくてはなりません。そして、貴女はわたくしを恐れる必要などなく恐れてはならないのです。しかし、平等であるが故に貴女はわたくしに言うべきことがあり、恐れるが故に言葉を間違えています」 「申し訳ありません……申し訳ありません……」  ジャンピエーロは満面の笑顔でクラリスを見下ろす。首元に鎖で提げた装飾が銀色に煌めき、彼の歯を白く輝かせた。 「過ちは正せば良いのですからやり直しましょう……いつも御苦労様です、クラリス」 「え……お、恐れ入ります……?」  顔色を窺うように顔を上げながら、問い返すように答えるクラリス。 「いけませんね?」
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