野望症候群

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 見上げる視線の先で、弾ける笑顔のままジャンピエーロのこめかみが不穏な蠢動を見せる。 「も、申し訳――!!」 「それではもう一度。いつも御苦労様です、クラリス」  クラリスは再び顔を伏せると床に滴りをこぼした。 「あ、あり、ありがとうございま……す?」 「よろしい」  ジャンピエーロの口角が平穏な角度に高まった。僅かに覗いて銀十字の輝きを反射する犬歯は、さながら収められた牙のようである。 「さて、クラリス? 私と等しき者がそのように身を伏せては残念です。務めを果たしなさい」 「は、はい! 直ちに!!」  未だに語頭を滞らせながら、クラリスは電撃に罰されたかの如くその身を跳ね上げた。ジャンピエーロは皺くちゃの笑みを以て見詰めるのみである。クラリスは慌ただしく佇まいを整えると直角に一礼した。 「おはようございます、ジャンピエーロ閣下」 「おはよう、クラリス」  両者には明確な地位の差が明らかに力として働いているが、それは二人の信条に反しない事柄であるらしい。下の身分であると思しきクラリスもまた穏やかな微笑を浮かべ、その頬は感涙によって湿度を増していた。 「演説の時間が近づいておりますので、御案内にまかり越しました」 「御苦労様です。しかし、窓の無い住居というのは落ち着かないものですね。時計が狂っていたらと思うと恐ろしい」  開け放たれたままのドアの先。ジャンピエーロの白い部屋には窓が無かった。加えて、二人の両脇に伸びている幅の広い通路にも、それらしい物は見当たらない。光源は天井と壁面に設けられた照明によって保たれており、意匠を凝らしたガラス細工が内からの輝きに灯る。そして、室内では目が回るほど数多のアナログ時計が時刻を刻んでいた。 「及ばずながら、心中お察し申し上げます。ですが、閣下――」 「みなまで言わずとも分かります。わたくしまでもが『野望』に塗れるわけにはいきません」  野望。  今まさに、この時代を蝕む病理の名であった。  暦の最大単位が20から一つ進んでも閉塞感に包まれていた社会。物質的な技術ばかりが肥大的に成長することに多くの学識者が危惧を唱えたが、ついに技術革新が精神世界にブレイクスルーをもたらした。  循環型エネルギー資源の獲得である。  原油の枯渇が間近に迫っていた惑星を恒久的に潤おす、世紀の大発見。高級紙・大衆紙を問わず各国で同様の見出しが一面に躍った。
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