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「――クラリス、歩きながら少し話しましょうか」
ジャンピエーロは表情を改めると、案内役であるクラリスの左側に歩み寄る。彼は3メートル近い長身の上背に1メートルに及ぶ幅広の双肩を備えた巨漢であり、四肢もまたそのバランスに適した強壮を漲らせていた。彼女の頭頂部は彼の腰に届くかどうかであり、相対的には幼児を連れた父親のような比率である。
「かねてより、社会は何らかの病を抱えていました。人体に例えるならば、呼吸器か循環器の機能不全に近い息苦しさのような何かで、それに伴い多くの人々が神経や精神に失調をきたしたのです。それらが一部で『現代病』と呼ばれたのも、既に過去の話となりました。それは知っていますか?」
「はい。幼少の頃に両親から聞いております」
「そうですか。御両親は今でも御健勝で?」
「閣下の恩恵に与りまして、無事に心を閉ざしました」
「それは良かった。わたくしも力になることができ光栄です」
ジャンピエーロはクラリスの歩調に合わせ、表情と共に一切のブレを持たずに歩む。体格の違いもあるだろうが、彼の足音は彼女のそれよりもはるかに雄弁であった。
「話を戻しましょうか……『現代病』の根幹は全世界的な技術革新と経済発展によって大部分が改善される。代替エネルギーが発見された当初はそう持て囃されたものです。開発作業が国際的な共同研究であったことも、その論調を後押ししました。しかし――」
前を見ていたジャンピエーロが軽く天井を仰ぐ。
「――『現代病は』全く違う病態へと変異を遂げました。急変、と形容しても凡そ差し支えは無いでしょう。30年近く前。まだ、わたくしの髪に色があった頃の出来事です」
「忌々しき『野望』の蔓延。私はまだ生まれておりませんでした」
きしゅ、とクラリスの口元から異音が漏れた。
「アレに魅せられた者共のために、どれ程の生命が犠牲になったことでしょうか……」
クラリスの臼歯が文字通り臼に似た挙動を取る。
「しかし、彼等を憎んではなりません」
それは両者の眼には映らなかったが、耳にははっきりと届いた。故に、ジャンピエーロは聞き咎める。
「敵はあくまでも『野望』です。彼等は『野望』に感染し人生を狂わされた『患者』であり、それもまた『野望』の犠牲者と呼べるでしょう。違いますか?」
「いいえ。私の浅慮でございます、閣下」
淡々とした彼の語調に頭を押さえられ彼女は俯いた。
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