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いつしかジャンピエーロはクラリスを見下ろし、クラリスはジャンピエーロを見上げていた。目と目が見つめ合う。
「ですが、閣下はその構図を解消なされました。孤立者が相互扶助できるように組織化し、その生活基盤を保証して下さいました。今の私が在るのも、ひとえに閣下のお力あってのことです」
「いいえ、わたくしの活動など些細なものです。認識が追い付かず『野望』に感染した多くの同胞達に、やむを得ないとはいえ殉教を与えてしまった……さて、年を取ると話が長くなっていけませんね。クラリス、何か報告はありますか?」
二人は再び歩き出した。
「はい。恐れながら申し上げます。閣下の予見通り、今朝方に基軸通貨が紙屑となりました」
「言葉遣いに品がありませんよ。肖像画と呼称して差し上げなさい……遥か東の朋友は?」
「文学、絵画、音楽等の芸術分野に『患者』が集中しております。クリエイターの裾野が加速度的に広がっておりますが、知るに足る才能はごく僅かです」
「ふむ、彼の地が誇る名山のような有様ですね」
荘厳なる天井画や壁画に囲まれた広間に出ると、ジャンピエーロは足取りと共に会話を止める。頭上には人間を選別する絶対者と、仕分けされる人間達の姿があった。
「……クラリス」
「はい、閣下」
「貴女は野望というものをどう思いますか?」
「恐れながら、畏敬を忘れた人類社会が生み出した、ガン細胞のようなものかと存じます」
「なるほど。しかし、古来より野望を持ちそれを成し遂げた偉人は、英傑として歴史に存在しています。そして、当時は野望症候群など無かった」
「それは……」
クラリスの視線が床を彷徨う。
「勿論、偉人となった彼等には野望に見合う実力があったことでしょう――さて、時間ですね。わたくしは行きます。野望症候群の終結を人々が待っている。それを告げなければなりません」
ジャンピエーロはクラリスに背を向け、広間から露望台へと続く階段に足を掛けた。何故か、彼女には彼の背中が常よりも大きく見えた。戦慄を感じるほどに。
「閣下!」
ジャンピエーロの足は止まらない。
「ジャンピエーロ閣下! 何か……何かございましたら、このクラリスめに仰って下さい!!」
「何のことですか?」
「恐れながら、今の閣下は民ではなく敵へと向かうような――!」
彼は階段を昇りきり扉の前で立ち止まると、肩越しに振り返った。
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