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彼は今、全力で走っている。
あの場所からはもう随分離れただろう。それでも彼は走る。
暗い闇の中を、当ても無く。ただひたすら、気を紛らわすために、逃れられない事実から逃れる為に。体力が尽きるまで、ただひたすら。
信じていた現実は幻だった。ただの甘やかしだった。でも、信じたくない。その一心で、嘘の幻を信じる為に、事実を消す為に走った。
ただ、いくら走っても忘れられないことも分かっていた。それほど絶望は深く彼を飲み込んでしまっていたのだ。
疲れるだけの体を引きずり、限界まで、自分が本当は何だったのかを忘れる為に、彼は走る。
忘れたい、忘れたい、忘れたい。
息が切れ、視界は乱れ、手足は限界を超えて、残る体力が尽きるまで。
忘れたい、忘れたい、忘れたい、忘れたい。
激しく痛む体を無理やり動かした。
忘れたい、と願うだけ、無駄だ、という声が脳内でこだまするような気がした。
どこかにあるはずだ。そう、あるんだ。
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