1章

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 自転車を家の外に駐め、町へと繰り出した。  リリアの住むところは、所謂都会であり、朝は社会人であふれ、昼はその他休みの学生だったり、どこにも勤めていない人が行き交い、夜は帰宅する人々でごっちゃになる。平日の昼は比較的人が少ないが、残念ながら今は休日であり、昼の時間帯が一番人が多い。  リリアは人と人の間を縫うように歩きながら、時折ノアに「どう?」と訊きながら進んでいく。  しかし、何時まで経ってもノアは首を傾げるだけ。リリアは半ばあきらめかけていて、今日はもう帰ろうと思った。その時の事。  ノアがぴったり動かなくなった。電気街の真ん中で、何か遠くにあるものを見つめるように。  突然の出来事に、リリアは唖然とその様子を見ていた。  ノアは、突然目の前の景色が変わったかと思うと、何かズキリと一瞬痛むようなものを感じた。少し顔をゆがめて、痛みが無くなってからゆっくりと辺りを見回した。先ほどまでの雑踏は消え、うるさいほどの電子音も消えていた。ただ、そこには無数のモニターと機械、静かな機械音にひたすらキーを叩く音。そして、二人の白衣を着た、恐らく研究者が見えた。最後に自分の背後を見てみると、人が数人は入れそうなほど大きな、液体で満たされたカプセルがあった。  一体、これは何なのだろう?  ぼうっとしているノアに気づいた、一人の研究者が嬉しそうな顔になる。そして、もう一人に何か言っているようだが、声だけが聞こえない。二人はまるで初めて立った我が子を見るように近寄ってきた。そして、一人が頭を撫でてきた。自然と心が和らぐ。  ただ、何を言っているのかが分からない。頭を撫でながら、何かを言っている。名前なのだろうか。でも、その口の形が明らかに“ノア”ではない。  何か、もう少し長くて、あから始まって……。 「ノア? どうしたの?」  動かないノアに声をかけると、はっとした様に瞬きをした。その目は遠くを見つめる目ではなくて、雑踏を追う目だった。  ノアの景色は雑踏へ戻っていた。
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