プロローグ

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ポン!ポン! オンマが手作りの前掛けを袋から出してはたき、キュッと腰で閉めた。 『関東炊き』と自ら書いた提灯を屋台の軒先に吊るして、白熱灯を灯す。 関東炊きとは、関西弁でおでんのことだ。 都内のある駅の高架下裏に、韓国人のオンマ(ママ)が出す、おでんの屋台があった。 普通のおでんとチゲ味のおでん…… これが実に美味しい! そんなおでんを食べながら 人はそれぞれの夜想曲(ノクターン)を奏でる―― それは時として、人生のタイミングの如く、ポンと肩を押してくれる一夜になる。 【オンマ】とは、韓国語でお母さん【オモニ】の甘えた呼び方である。 本当は【ハルモニ】おばあさん、に近い年齢なのだが、客から客へそれとなく伝授され、ここではオンマが正式な呼び方となっている。 オンマは――関西弁で、そして必要なこと以外は喋らない無口な女性だ。 月は蒼く、漆黒の空に輝く。 湯気が漂うおでん鍋横の小さな椅子に腰掛けて、洗いざらしの前掛けを愛おしそうに撫でた。 「みんな、元気にしてるんやろか」 少し笑った唇の端が、鍋のふちにそっと映って揺れた。
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