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俺は研究室からロクに外に出た事もないから、実は研究所の敷地内の地理にすら疎い。
ましてやこの施設がここまで広いものだという事だって想定外だったのだ。
「……」
「あのね…私は君を助けたいんです。分かりますか?」
一向に動こうとしない俺を見兼ねてか研究員が腕を掴んで引っ張る。
「こちらに警備の薄い、今はもう使われてない出入り口があります。すぐ後ろは森になってますので、そのまま樹木に紛れて逃げることが可能です。」
「どうして…」
「はい?」
「どうして俺を助けるんだ…?」
「分かりません。急に助けたくなりました。自分でも驚いてます。
君の受けていた研究については良く知りませんが…君には、不思議な魅力がある。」
「は…?」
研究員は訳の分からないことを言いながら俺を一方的に牽引し続け、やがて施設の裏側の古びたフェンスの前まで辿り着いた。
そのフェンスには古びた鍵が取り付けられており、その鍵穴に、研究員が持っていた鍵を差し込む。
「開きました。どうぞ。」
「…何で……」
「それは私にも分からないと言ったハズです。」
「お前…これバレたら大変じゃねえの?」
「そうでしょうね。しかし、自分が望んでやった事ですので、悔いは無いです。」
何なんだよ…。
敵だと思ってた奴に助けられて、俺には全く訳が分からない状況だった。
こいつが何を考えているのか全く読めない。
研究員なんてみんな訳の分からない連中ばっかりだけども…。
俯いていると、不意に男の手が視界に映る。
「…本当に不思議ですね。ずっと見ていてあげたいんですけど、私の仕事場はここなので離れる訳にはいかないんです。」
男は俺の頬に手を伸ばし、添える。
まるで愛しいものを見るような眼差しで、優しく。
しかし俺は研究員に嫌悪感を持っていたし、しかもこいつは男だ。やっぱり気持ち悪い。
振りほどこうかとも思ったが、ここまで案内してくれた恩を考えると、動こうにも動けなかった。
「ちゃんと逃げて下さらないと困りますよ」
そう言うと突然男は俺を扉の外まで突き飛ばし、その扉を閉めた。フェンスがガシャンと音を立てる。
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