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「付けてしまった傷を、きっとなかったことにはできないだろうけど、変われるかは、川上さん次第だと思います」
「……そうだよね。私、本当はもっと優しい人になりたいの。だけど、感情のコントロールが下手だから、すごく難しくて」
「…………」
「もしも金井君がいなくなってしまったらって思うと、私、また壊れてしまいそうで怖い」
由香は俯いて、眉を下げたままため息を吐き、目を閉じる。
「これ見て?」
「え? 」
金井はちょうど隣に置いてあった自分の鞄の中から色褪せた皮の財布を取り出して由香に見せた。
「これ、大切な人からもらったんだ」
「………そうなんだ。なんか味があっていいね」
だけどそれがどしたのだろうと由香は不思議そうに首を傾げる。
「でしょ? この財布、最初は傷とかなくて色ももっと濃かったんだ」
由香はなんとなく何か気付いたのか、ゆっくりと顔を上げ、金井の顔を見た。目があった彼はヘニャリと笑っている。
「わかんないけど、人の心もそうなのかなって。時々決意が緩んでしまったり、傷付けてしまったりするけど、それを後悔して、また新しい思いを宿して、そんなことを積み重ねて成熟していくのかなって。まあ、度合いはあると思うけど。……あ、なんか格好つけすぎましたね、恥ずかしい」
「そんなことないよ。……心に沁みた」
嬉しそうに笑って首を横に振る由香、金井は照れたように笑って一瞬目を逸らしたが、すぐにまた力のある目をして由香を見つめた。
あの時の、いじめていた自分を救い出そうとしてくれた目と同じだ。
瞬間、金井の体がすっぽりと由香を包んだ。
「え!?」
由香は驚いて、目を大きく開く。心臓がバクンバクン鳴っている。
「もう一回、格好つけます」
やわらかく強い金井の声に 由香の胸の鼓動がみるみる強くなる。
「由香の心は、僕が守ってみせるよ」
見開いた由香の瞳から涙が溢れる。
「だから、金井君がいなくなったらなんて言わないで」
冬なのに温かいのは、暖房の効いた部屋のおかげじゃない。
大切な人が、自分を想ってくれている人がいるからだ。
由香は金井の胸の中で、しばらく優しい温もりを感じた。
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