橘和美、ヒトゴーヒトマル。

3/8
前へ
/58ページ
次へ
本来、屈強な男子でも肩が凝りそうな重い無線機を、無線委員でもない橘がわざわざ背負っているのは、要はさぼっている者がいたら報告しろ、という教官からのありがたくない信頼のためである。 憂鬱だ。  「ねえ、橘さん、どうする?」  班員の一人である、小柄で細身の女子が、心配そうに眉をひそめて聞いてきた。彼女も見てしまったようだ。  橘はため息をつく。無視するわけにはいかない。  信号弾のあがった方角にもう一度目をやる。もとは廃線の資材置き場だったらしいこの第7チェックポイント、そこから信号弾のあがった方角を見ると、「この先へいってはいけないよ」と絶叫するふざけたランニングシャツの少年の標識が目に入る。近づいてみると、その先に、草むらを切り開いたかのような獣道があり、木々で遮られた緑の奥へと続いていた。ますます頭が痛くなる。どうやら、立ち入り禁止の看板があるのに、わざわざそこを抜けて事故にあったらしい。  なんとか教官に知られる前に解決できないか。 地図を開き、しばらく考える。一緒に地図をのぞき込んでいた細身の女子が、この辺かな、とゆっくり一筋の道をなぞった。 なるほど、それは第7チェックポイントと山の麓を最短距離で結ぶ近道である。そこを通ろうとしたのだろう。ただ、このコースは所々崖のようになっていて、危険度が高いため訓練コースから外されたと聞いている。転落とか骨折とか、結構大きな事故なのかもしれない。今、自分たちの手持ちの医療品で対応できるだろうか、と橘が今朝の救急箱のくだりを思い出していた、  そんな時である。  本部からの無線交信が開いた。  さっきの信号を麓でも確認して、慌てて自分達に聞いてきたのだろう。実際にこんな事が起こるとは教官達も思ってないだろうから、相当高いテンションで食ってかかってくるはずだ。 やむを得ない。時刻を確認、頭の中を整理。どう言う順番で話を進めればより円満な解決を見るかと必死に考えつつ、何がうお座が一番だ、などと肩を落とし、教官の怒りの弾丸に身構えて無線機に耳を近づけた。
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加