橘和美、ヒトゴーヒトマル。

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最初、チャンネルを間違えたかと思った。  激しいノイズの中、聞こえてきたのは、歌である。  蓄音機で再生されたかのような、男女の混声が朗らかに響く。  だが、どこかねじの外れたような不安なメロディー。  突如はいる銃声、爆発音。激しい砂嵐が、群衆の阿鼻叫喚にも聞こえてくる。  そこにやっと聞こえてきた人間の言葉。だがそれは聞き慣れた教官の怒鳴り声などではなく、しゃがれた、女性の声。・・・出ていけ・・・我々は・・・殺された・・・復讐、と断片的に聞きとれる。  その裏で、かすかに別の誰かが、待機しろ、と言ってる気がしたが、砂嵐と狂った合唱と女の叫びはますます大きくなり、無線の音量表示は限界を超え、 交信はプツンッと途絶えた。  しばらく立ち尽くすことしかできなかった。無線をしげしげと見つめる。音量表示は正常。周波数を確認、本部とのチャンネルに間違いない。本体に傷はない。送信モードに切り替えて、教官の呼出符号を連呼。周波数をいじってみる。音量調節。再度連呼。応答はない。だとすると、どういうことだ、今の通信は。 静かに、一つ深呼吸。さらに大きく深呼吸。 事を整理してみる。 無線そのものに異常はなさそうだ。となると、無線の向こう側で何か問題が起きている。そりゃ、あんな異様な交信を送ってくるのだから、そうに違いない。なにか、手がかりはないか。確か教官は、朝、私を呼び止めて、談話室が散らかったままなのを見つけたとかで凄い不機嫌で、訓辞中に「時間に遅れるな」とか、「就寝時間はちゃんと守れ」とか、「お前ら舐めてるといつか痛い目みるぞ」とか、 「・・・ねえ橘さん」 「なに」  細身の子がたじろいだ。橘は、自分が不機嫌な声を出している事にしばらく気がつかなかった。慌てて笑顔を作る。すっかり目をそらしてしまった細身の子を見て、もう一度優しく丁寧に「なに」と聞く。 「・・・あのさ、聞いちゃったんだけど、本当じゃないんじゃないかって」 「なにが」 「これさ・・・」  何かを言い出そうとするが、言いにくいのか、なかなか先を続けようとしない。橘が辛抱強く待っていると、先にしびれを切らしたのは、それを静観していたもう一人の班員である、大柄の短髪女子だった。 「聞いちゃったんだよね、私たち、男子達の昨日の話」 「ねえ、やめよ」
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