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「え……?」
傍らに漂う、火神の匂い。それを塗り潰すように、鉄臭いニオイが浸食する。
足が、動かない。頭が働かない。いや、考えたくない。何が起こったかなんて、絶対…。
なのに。
「……ダメ、もう、死んで…っ」
火神でないはずの物体に近寄った中の一人が、残酷な事実を吐き出した。
鉄臭いニオイが、青峰に絡みつく。白黒の事実に色をつけて。染め上げたのは、鮮やかなアカ。火神の、アカ。
「……ぅ、っ…ガハ…ッ」
胃が事実を拒んで暴走する。理解したくない現実に絶叫する。違う、あれは火神じゃなくて、別の…。
『現実を、見てください』
突如、全ての音が止んだ。
耳が痛くなるような無音。
涼やかな声は、一時停止した時間の中で確かに、自らの意思を持って放たれていた。
痙攣する胃を腹の上から押さえ、吐瀉物から僅かに顔を上げる。あまりの苦しさに思ったように上がらなくて、必然的に目だけを前方にやった。
自分と同い年か、少し幼いか。正常な働きをしない頭が、視覚から受け取った情報を元にぼんやりと分析する。
制限された視界にはそいつの喉元くらいまでしか見えない。しかし、そいつは自分の肩口くらいの身長だと、どこか確信めいた直感があった。
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