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『……よく見てください。これが現実です』
拒みたいのに、体が動かない。透けるような冷たくて白い手が頬を固定して、ぐいと力任せに青峰の首を回した。
「……ぁ…」
見たくなんか、なかったのに。
目の前に広がる、アカ。健康的な肌色が、アカの池に浮かんで。変な角度に曲がった腕が、だらしなく開いた口が、投げ出された足が。赤黒い髪が、目が、全部、全部アカに塗り潰されて。
「……ちが、…れは、かがみじゃ、ちがっ」
嘘だ。そう、全部嘘。だって、火神は…。
『嘘じゃありません。これが、現実です』
違う、だって、だって…ッ!
頭がグラグラ揺れた。吐き気が再び込み上げてきて、抗うことも出来ずに再び胃の内容物を吐き出す。その様子を、奴はただ無言で見下ろしているのが、気配で分かった。
目の前が、霞む。悪足掻きと知りながら、そいつを見上げた。
「か、げ……」
自らの唇から零れたそれは、無意識だった。なぜそう呟いたのかも分からない。それを究明するだけの余裕も、もう残ってはいなかった。
逆光で顔は見えない。けれど、何となく。奴が瞠目したような気がした。
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