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「あなたが読んで聞かせてあげようという気はないの?」
僕は少し考えてから、わからない、と言った。
「じゃあ、お願い! それを読んで私にお話しして?」
僕はすぐにいいよ、と答えた。すると彼女はポカンとした顔で僕の目を覗き込み、クスクスと笑った。
「ワタナベ君って変な人ね」
そうかな、と僕は言った。そうだよ、と彼女は言った。だから僕はそうかもしれない、と思った。
それからもう十日。
あれから彼女とは一言も話していない。貸出期間はあと四日だ。
僕は電気をつけてベッドに腰掛け、失われた時を求めて日本語訳第一巻を開いた。
すぐに眠気に襲われたが、僕は懸命に文字を追った。
その時、ふいに思い出した。
そうだ、昨日本屋へ行ったときに、カラマーゾフの姉妹という小説を見かけたのだ。
その時はほんの一瞬目を止めただけであったが、何故かその一瞬が鮮明に浮かび上がった。
だからといってどうだというわけでもない。
もはやさっきまでいたあの夢の世界は急速に色あせ記憶の彼方へと消えようとしている。
だがその記憶の回帰はなぜか心を熱くさせた。
プルーストは難解だ。
だがこの瞬間からなぜか、すり抜けるだけだったその文章に共感と尊敬を覚えるようになった。
夜というのはよくわからないものだなあ、と思いながら僕はプルーストを読みふけった。
――――夢のゴンドラ
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