第四章:エンディコットの鐘

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そんな偽ロイに対して、エレノアが感服して言った。 「聞き及んでおりました、ロイどのの風評は…誤りでしたのね…?」 魔王さえ敬意を表する王州屈指の大貴族の次男ともなれば、他州も含めた魔王家や大貴族たちとも繋がりを持ち、当主の代理などを務めながら高貴な配偶者を探したりするのが普通だ。 しかし、ロイは世に少し違った風評を囁かれている。 人見知りで、わがまま。 プライドは高いが、臆病。 マザコンでブラコン。 公領の総督の地位も肩書きだけで、事実上モスラ公領の内政は才媛として名高いカイとロイの母、ゾフィー公母が摂っている。 カイ・ロイ兄弟はどちらもまだ未婚であり、公爵家の令夫人はカイが家督を継承した現在でもゾフィー公母である。 だから夫人同伴が必要な公務などでは、母のゾフィーがカイと共に出席する。 そんなしっかり者の母と公爵として務めを果たす兄に守られて、宮殿の奥でワガママ放題に遊び暮らしている“ニート公子”と専ら噂されている。 偽ロイがフワリと柔和に微笑んで返す。 「人の噂とは、そのようなものでございます。 それに、過大評価をされるより過小評価していただけた方が、いざと言うときに相手が侮ってくれますので、何かと好都合なのです」 「まぁ…。ロイどのは恐い方でございますのね? このような御立派な御実弟さまが、公母さまとしっかり公領内政を摂っておいでなら、モスラ公領は何の心配もございませんね? エンディコットの領内経営など…、子供の遊びのように思えてしまわれますよ?」 「いえいえ。 私は、元から豊かなものを与えられ、母や兄に教えられた通りにしているだけなのです。 兄が執事と婚約したいと申し出てきた際に、私に申しました。 ただ維持するだけの私より、工夫を凝らして領内を治められているエレノア夫人さまの方がよっぽど立派な領主であると。 その方と領地を接している幸運を活かせ…と。 確かに私は恵まれ過ぎております。 ですから今回、供の者を一人も連れずに、私一人でうかがった次第です」 何とか断れないか思案していたエレノア夫人だったが、カイ公爵からの賛辞を聞かされては、もうどうしようもない。 「…………わかりました。 では、どうぞお心置き無くお過ごしください。 マーガレット。 とても大切なご賓客です。 決して粗相の無いように、手配なさい」 「かしこまりました」
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