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その時、誰もが内心、もしかしてあの時の様にイルニスが物凄い力を発揮するのではないかと、期待していた。
しかし、魔王はそれを一早く察し、一瞬早く逆襲した。
あっと言う間に全員吹き飛ばされ、壁に激突・・・と言うところで、銀の閃光がイルニスの身体から迸り、辛うじて皆の身体が壁際で止まっていた。
そして、その光が治まると、全員床に崩れるように腰を落した。
既に殆どの者が戦意を失っていた。
立ち尽くすイルニスは自分があの不思議な力を発揮したのにも関わらず、目の前に平然と自分達を見下ろしている魔王に気付き、愕然とした。
氷のような表情の魔王が唇の端を少し上げ気味にせせら笑う。
自分の力が通用しないと知った彼女の瞳から、更なる涙が零れて落ちた。
「お願い・・・!やめて、皆に手を出さないで・・・貴方の言うとおりにするわ、だから・・お願いっ!」
「おいで」
戦慄を覚えるほどの魔王の表情が、イルニスに向けられると、妙に優しい顔になった。
金の瞳が細められている。
イルニスがふらりと歩き出し、差し出された彼の手を取ると、包み込むように優しく抱き寄せられた。
「いい子だ・・・」
彼の胸に顔を埋めると、彼はその大きな手で優しく髪を撫でてくれた。
メンバーの絶望的な表情に反して、イルニスは違っていた。
“ああ・・この手だ・・・”
イルニスはそう感じながら、次第に意識が薄れて行くのを感じていた。
ちっとも恐くは無かった。
やがて、魔王は人形の様になった彼女を軽々と抱き上げ、立ち尽くす所員たちに視線を移した。
彼女を見つめていた時の表情とはガラリと違い鋭い瞳だ。
「また逢おう」
「ま・・・待てっ・・」
魔王は所長の声を無視し、彼女を抱いたまま黒いマントを翻した。
すると、目を開けていられ無い程の突風が巻き起こり、治まった後は何事も無かったかのように静まり返り、床も穴など無く、ひび割れさえも無かった。
まるで、全員白昼夢を見た気分だったが、イルニスが誘拐れたのは紛れもない事実だった。
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