一章

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「えらく綺麗になったもんだねえ。もういくつだっけ?」 新吉も夕の態度を気にする風もなく質問する。夕はため息をついた。 「しょっちゅう顔を合わせてるのに、歳も分からないの?新吉おじさん」 「今年で十九だよ」 代わりに徳兵衛が答える。四年前に夕の母親が死んで以来、徳兵衛と夕の親子は二人きりで生活していた。 「そうかあ。もうそろそろ嫁入りのことも考えなくちゃいけねえな。お夕ちゃん、そういう相手はいるのかい?」 新吉は意地悪な笑みを浮かべた。 「お父っつぁんを一人に出来るわけないじゃない。そんなのまだまだ先よ」 夕は当然という風に答えたが、 「おい、お夕。俺のことは気にしなくていいんだぞ」 徳兵衛がそれに異を唱えた。 「お父っつぁんまで変なこと言い出さないでよ。一人じゃなんにもできないくせに」 夕はぷいっと顔を背ける。 「ははは、徳さんは果報者だなあ。こんな良い娘がいて」 新吉は茶をすすって一息つく。 「しかし、気をつけなよ。今の話みたいな物騒な連中もいるんだから。お夕ちゃんの器量なら言い寄ってくる男も多いだろうし」 新吉が真面目な口調で言った。 「大丈夫よ。そんな、刀を振りかざして暴れ回るような人に引っかかったりしません」 夕は言いながら二人に背を向けた。 「買出しに行ってきます。おじさん、ごゆっくり」 二人は夕が部屋を出ていく後ろ姿を見送った。夕が出て行くと同時くらいに、徳兵衛がため息をつく。 「俺のことはそんなに心配することもないんだがなあ・・・」 その言葉を聞いて、新吉が笑い出す。 「まあ、あの器量だし、すぐに良い人にめぐり合えるさ。徳さんのことだ、どうせお夕ちゃんが惚れた相手と夫婦にしてやりたいと思ってるんだろう?」 「まあな。いろいろと縁談の話はもらうんだが、やっぱりあいつの意思を尊重してやりたいと思っている」 徳兵衛は駒を動かしたが、もはや勝負に身が入っていなかった。 「案外、もう良い相手がいるのかもよ?」 新吉が口端を歪める。 「まさか。いればすぐ儂に言うはずさ」 徳兵衛が首を横に振った。 「もしかすると、言いたくても言えないような相手だったりして」 「縁起でもないこと言わないでくれ」 徳兵衛は呆れたように言うと、夕が置いていった茶をすすった。 「あちっ」
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