一章

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新吉の言ったことは、当たっていると言えるかもしれない。夕にはそういう相手がいないでもなかった。更に、今も買い物に行くと言いながら、その相手に会いに行っていたのである。 夕が買い物に出掛けてからおよそ一刻後、彼女は町はずれの廃寺にいた。そしてお堂の隅で一人の男と相対していた。男は夕よりも少し年上だろうか。美男子と言える顔立ちだったが、肌色は青白く、体つきは華奢で、頼りない印象を受ける青年だった。 「話って何?私、買い物に行かなくちゃいけないんだけど」 夕は不機嫌を隠そうともしなかった。男はうつむきながら小声でつぶやく。 「いや、あの、だから・・・」 「用件が無いんだったら、行っても良い?」 「用件は言わなくても分かってるだろ」 男の声は後半に行くに従って小さくなっていく。夕は眉毛をつり上がらせた。 「またその話?今は誰とも夫婦になれないって言ったよね?」 「じゃあ、いつまで待てば良いんだよ・・・」 夕は大きくため息をついた。この男ーー清助と恋仲になってから、約一年が経っている。清助は元は大工で、肌は黒く日に焼けて、体格は筋骨隆々、そして何より明るく活発で、男気が溢れていた。しかし、清助が病にかかってから全てが変わってしまった。仕事は出来なくなり、体はやせ細り、元気がなくなってしまった。そのためか、性格もだんだんと陰湿になっていった。夕も最初は懸命に看病をした。何といっても、一生を添い遂げる覚悟をしていた相手だったのである。清助が弱音を吐いたり、嫌味を言ったりすれば叱咤激励をし、時には共に涙し、苦難を乗り越えようとした。仕事のできない清助のために、内職をして金を工面してやったりもした。しかし、清助の無気力振りには一向に改善が見られなかった。夕は自分の気持ちが段々冷めていくのがわかった。やがて、清助の病が少しマシになり、出歩けるようになっても、清助の卑屈さは変わらず、夕の態度も元のようにはならなかった。 「夫婦になりたいって言うなら、仕事を見つけてくるのが先じゃないのかい?」 夕が突き放すように言う。もっとも、仕事に就いたぐらいで寄りを戻す気もないのだが・・・ 「そうはいっても、まだ体も万全じゃないし・・・」 「なるほどねえ。仕事する元気はなくても、遊ぶ元気はあるってわけだ。最近、いかがわしい連中と付き合って博打に出かけてるそうじゃないか」
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