一匹狼の皮を被った羊。

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 駅前に新しく出来た、女の子の好きそうなケーキバイキングのお店。  店内は甘い香りが立ち込めていて、その慣れない匂いに少しクラクラしてしまいそうだ。  私は本当に女なんだよね、と思いたくなるほど、こういう店とも縁がなかった。  行ったとしても、もっと安いお手軽なファミレスのバイキングに愛莉と行くくらいだ。  それなのに何故私がここにいるのかというと、勿論楓姉ぇと話をする為だ。  このお店は私にとっては少し敷居が高くて、財布事情的な問題でもなかなか行くことが出来なかった。  そんな所に何の躊躇いもなく連れて来てくれる楓姉ぇは、すごいと思う。  また、楓姉ぇへの尊敬と憧れポイントが上がった。 「ごめんね、こんな所まで来てもらっちゃって」 「う、ううんっ! むしろ嬉しいっていうか、ここ一度来てみたかったから、全然大丈夫ですっ!」  しゃんと背筋を伸ばして受け答える私に、楓姉ぇは微笑ましそうに笑った。 「突然で悪いんだけど、カノちゃんに頼みたいことがあるの」 「はいっ、何でも言って下さい! 私に出来ることなら、何でもするから!」 「そう? ……なら、頼んじゃってもいいかな?」  目をキラキラさせながら何度も頷く私を見て、少し申し訳なさそうな上目遣いをしながらある紙を差し出してきた。  それに目を通すと、私は小さく首を傾げていた。 「『クラーロ』の、アルバイト募集……?」 「うん、そのクラーロって店で私の代わりに働いて欲しいの。最近就職活動で忙しくて、お店に出れないから。  でも店は人手が足りないし、どうしようかなって思った時に、カノちゃんのことを思い出してね?」 「はあ……」  少し驚いて反応に困っていると、楓姉ぇは顔の前で両手を合わせ、「お願いっ!」と頭を下げていた。 「職員は良い人達ばかりだし、良い社会勉強にもなると思うの。  もし学校が忙しくないようなら、お店の手伝いをしてもらいたくて……。  お願いよ、カノちゃん!」 「あ、あの、別に嫌なんじゃなくて、私なんかでいいのかなって……」 「カノちゃんだから頼んでるの!  大丈夫、歳の近い子もいるし、安心していいからね?」 「……うん、解った。全力を尽くします!」  ニコッ、と満面の笑みを浮かべて、私は答えた。  それには楓姉ぇも、嬉しそうに微笑んでいる。
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