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「水は汚いけど……」
少女は水路に子供を連れて行く。首に巻いているストールを濡らして、血を拭った。
「どうして観光客も現地の人間もこんな小さな子供を放っておくのかしらっ」
苛々しながら少女は傷を拭き続け、やがて子供の体は綺麗になった。血を拭った下から、目を覆いたくなるほど深い傷が見える。
「……Ich suche……」
「?」
子供が何かを呟いた。この国、イタリアの言葉ではない。英語でもなかった。
「……」
少女はうわごとのように呟く子供の声を聞きながら、目を閉じた。
「……ドイツ……」
しばらく考えた後に少女は言うと、今まで独り言にすら使っていたイタリア語を変える。
「キミはドイツ人? 何で外国で一人で傷だらけなの?」
「……サン……マルコ……ひろ……ば」
サンマルコ広場。教会の前にある広場……。少女は頷くと、子供に自分の鞄から取り出した黒いワンピースを着せた。
傷だらけの子供をさすがに教会前に連れていくわけにはいかないと思ったからだ。
大きな傷はストールで縛る。自分も観光客だ。医者の場所も知らない。
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