391人が本棚に入れています
本棚に追加
/145ページ
「ーー……早く受け取りに行けよ」
急かすように促すが、姉貴は動かない。それどころか微かに眉を寄せた。
「面倒くさそうにすんな。お前が頼んだんだろうが」
呆れた視線を送ると、姉貴は殊更面倒くさそうに顔を歪める。
そして、さも当たり前のように宣った。
「鈴斗、あなたが行きなさい」
「ふっざけんな!なんで俺が!!」
当然、それを瞬時にはねのけるように声を大にして抗議する。
しかしそれで大人しく引くような女じゃないことは、生まれてこのかた口で勝てた試しのない俺が一番よく分かっている。
「新しい本棚を買ったのよ。これがなかなか良質なんだけど、やっぱり組み立て式とはいっても結構な重量みたいなのよね」
姉貴は頬に手をあて、聞いてもいないことを勝手に喋り、さも困ったと言うようにため息をついた。
重たいものを自分で運びたくないから俺に運ばせようという魂胆を隠しもせずに、彼女はにっこりと微笑んで俺を見据える。
「鈴(りん)?運んでくれるわよね?」
まさか、こんなかよわい女性に自分で運ばせたりしないわよね?
口に出しはせずとも、纏う空気からはっきりと伝わる彼女のそれに、小さく舌をうち、しぶしぶ立ち上がる。
逆らう方が時間の無駄だと知っているがゆえ、だ。
ったく、どこにかよわい女性がいるんだっていうんだ、妖怪の間違いだろ。
三十路手前のくせに俺とほとんど変わらない顔で笑顔を浮かべる姉貴に、胸中でそう呟く。階下に下りるために部屋の扉を開けた俺の後頭部を追いかけるように姉貴によって投げられた枕が飛んできた。
すれすれでそれを避けた俺は、慌てて扉を閉めて急ぎ足で黙って階段を駆け下りる。
……本当に、恐ろしい位に地獄耳の年増女め。
最初のコメントを投稿しよう!