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「……"助けろ"?」
姉貴が問いかえす。その声は小さいはずなのに、はっきりとその場に響いた。
その声を耳にした瞬間、まずい、と気づく。
扉を引く力を緩めぬまま、鈴斗はそっと横目で響に視線を向けた。
「それが人にものを頼む態度かしら?鈴斗」
視線の先で、響がにっこりと世間的には美しいと称されるだろう顔で笑った。けれどそれは、宮澤家においては"死刑宣告"でしかない。
「『助けてください。お願い、お姉様』でしょう?」
謡うようになめらかな声で差しのべられた”救いの手”(それ)は、どちらを選んでも地獄でしかない、救いのない蜘蛛の糸だった。
「…………っ……~~~~~ッ…………っ!!」
鈴斗の目の前では橘が、"それはそれでおもしろい"と言わんばかりに瞳を輝かせてニヤついている。
……言えるわけねぇだろ!!言っても言わなくても俺の身は破滅だ!!
全身にこめる力と、得も言われぬ屈辱的な葛藤で、息を詰まらせ歯噛みする鈴斗を見て、響はふぅっとつまらなさそうに息を吐いた。
そしてチラリと扉の向こうに視線を走らせ、何かを考えるように顎に指をあてて黙り込む。
いったい彼女が何を考えているのか。予想すれば予想するほど、嫌な予感しかしない。
…………おい、まさか…………違うよな。違うと言ってくれ。
必死に予想を振り払っても、嫌な予感は高まっていく一方だ。
ふと、響の視線が”何か”に留まる。しかし(残念なことに眼前に立ちはだかる橘に視界を隔たれて)鈴斗には彼女の視線の先のものがなんであるのかはわからない。
しばらくの間、彼女はそれを見つめ、そして何かを確認したかのように小さく頷いた。そして鈴斗の方へと歩みを進め、玄関の段差を下りた。
ま さ か
顔をこわばらせる鈴斗を気にかけず、響は弟の後ろに立ち、そっと彼の肩を掴んだ。そしてゆっくりと扉へと手をのばし――――扉を押し開いた。
「どうぞ。入ってちょうだい」
にこやかな声でそう言って笑う姉によって、弟の最高潮に達していた予感が最悪の形で現実に変わった。
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