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「ただいまー。」
後ろ手に玄関の扉を閉めると、ドタバタと近づいてくる大きな足音が1つ。
それを耳にした“彼”の表情が思い切り歪められた。
「ただいまじゃねーだろっ!鈴(すず)ぅっ!!何帰ってきてんだお前は!!」
それと同時に、バンっと勢いよくリビングのドアを開けて出てきた1人の男に、“彼“――……宮澤鈴斗(みやざわ りんと)はチッと舌を打った。
「まだ居たのかよクソ」
「誰がクソだコラァァアア!!お兄ちゃん泣くぞっ!?」
小さく呟いたはずの言葉をしっかりと聞き取った男――兄、鐘(しょう)、今年で31歳のはず――が涙目で叫んだ。
泣けよ、勝手に。
心で冷たく吐き捨てる。けれどそんな本音はおくびにも出さず、開かれた口から発するのは正反対の言葉。
「――……鐘兄だって酷いっ……!僕、ここに帰って来ちゃ駄目なのっ……?」
ふるふると身体を震わせて涙目で鐘を見上げる。
それを目にした鐘――ブラコン愚兄が、瞬時に滝のような涙を流しながら鈴斗に抱きついた。
「そんなわけないだろぉ―!!お前の家はここだけだ!!」
180cm越えの大の男の抱擁など、小柄な鈴斗にとっては、精神的にも身体的にも負担でしかない。
――というか、もはや嫌がらせだろ。
倒れるなんて無様な展開は回避したが、確実に不快指数は急増した。
やっぱり泣くな、迷惑だから。つーかうるせぇよ、叫ぶな。そもそも抱き着くな、頬を染めるな、気持ち悪い。
こんなのが兄だなんて……と嘆息する。
そして未だ抱きついたまま、うぉぉぉと男泣きするそれをべりっと引き剥がし、頬を一発ぶん殴った。
「何勝手に抱きついんてんだ。触んなボケ。鼻水つけてたら容赦しねぇぞ。」
今度は本音を隠すことなどしない。限りなく素の自分で、愚兄を罵倒する。
鈴斗は、目の前で頬を押さえ床に倒れ伏す汚物を冷たく見下ろした。
汚物はしくしくと泣いている。
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