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カフェインには覚醒作用があるなどと言うのは嘘だ。少なくとも私にとっては。
土曜午後三時は一種悪魔めいた心地よさである。日中の暑さはどこへやら適度に肌を包む柔らかい空気と、落ちてきた陽が緋色を落とし始める。今日やるべきことは大抵終えた。明日も遅い起床を咎める者はだれもいない。夕食までだらしなく時間を浪費できる贅沢は堪らなく幸せだった。淹れたばかりのコーヒーはのんびりとした様子で湯気と豆の香りを吐き出していく。眠気を誘うには十二分。まだ一口含んだだけのコーヒーは目を覚ます頃にはすっかりぬるまって飲めたものではないだろうが、そんな危惧は瞬きの間に流される。ソファーの肘掛けに頭を乗せるといよいよもってまどろみが意識を犯し出した。四肢は働くことを放棄したとばかりに脱力の一途を見せる。もう寝てしまおう。
怠惰な決意が固まりかけた、ちょうどその一瞬を縫ってインタホンが間抜けに音を立てた。眉間に皺が寄ってしまうのは仕方がない。だれだろう。気だるさは足先までも支配するが、まさか無視してしまいうわけにもいかなかった。気合いで振り払って身体を起こす。
「はい――って、あなた」
惰眠を邪魔する輩は一体だれだと思って液晶を覗いたが、低く唸っていた小さな怒りはその姿を捉えた途端に霧散する。我ながら現金な奴だと思った。
「ルナでーす。お邪魔してもいいですかっ」
画面越しの笑顔に溜め息を吐きながら、私は返事もせずに急ぎ足で玄関へと向かった。
扉を開けると見慣れたシルエットがもう回り込んでいる。私の顔を見るや「あれ」と、とぼけた声を出して首を傾げた。
「寝起き?」
「まさに寝ようとしてたところ」
「それは申し訳ない」
申し訳なさの欠片も滲まない声色で彼女は言う。
今日はツーサイドアップ。ころころと変わる髪型は彼女の猫のように気儘な気分の象徴だけれど、この髪型だけには意味がある。瞳を注視すればそこには明らかに日本人のものではないブルーアイズが煌めいていた。もちろん彼女本来のものではない。これらは彼女が熱烈に愛情を捧げる活動への真摯さの現われだった。制服なのだと彼女は言う。服という割に、纏う衣服自体はその都度により異なるが。
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