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「これどーしても見たくてさ」
成功までを追ったドキュメンタリーは一時間弱をもって終わった。彼女はその魅力を燃え盛る火の勢いで語る。歌い癖の艶っぽさ、独特の作曲センス、すんなりと落ち込む詩の一つ一つ。残念ながら私にはそのアーティストよりも、百面相で熱弁する彼女の方がよほどきらきらと輝いて映る。音楽をこよなく愛する彼女はこうやって一年中を熱愛する歌に捧げるのだ。
「録画して家でゆっくり見ようとは思わなかったの?」
「ダメ。うち機械強い人いないから、録画方法なんて全く」
昨今の音楽活動は機械を扱えずにやっていけるのかと疑問が浮かんだが、音楽にも機械にもこだわりのない私にはよくわからない。積極的に知識を入れようという気がないのなら、おそらくなくともやっていけるのだろう。音楽に対して誠実な彼女は必要な努力を怠ったりは絶対にしない。
だから不可解だった。私ではとても挑戦する気にならないマニアックな髪型と鮮やかな蒼のコンタクトは彼女なりのけじめだ。意識の切り替え。そのスイッチの役割も担う。私は勉強をする前に必ず教科書を目安十分黙読する。彼女の恰好はそれ以上にシンボルでもあるはずだった。ボイストレーニングでも、バンド活動でも、ライブ観戦でも、音楽に触れる際の制服。トレードマーク。音楽だけは決して裏切らない彼女にしては少々いい加減な気がした。まあ、好きなアーティストのために急いでいたという単純な理由なのだろうけれど。
「なんかごめんね。急に来ちゃって、こんな用事で」
「どうしたの? 突然の来訪は今に始まったことじゃないわ。それに、ルナにとってはこんな用事じゃないんでしょう?」
「うん、まあ」
負い目を乗せる微笑で呟くルナ。正直意外だった。誤魔化すように「これ美味しい」とホットミルクを猫のように舌で舐めて微笑む。砂糖をスプーン二杯分。私では飲めない。
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