間隔五センチメートルは近すぎる

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 まいの・るな。舞乃愛と書く。女の子っぽさを強く感じさせる可愛らしい名前だと思った。愛をルナと読ませる辺りに両親のロマン的な美意識が感じられて尚のこと。しかし彼女のコメントは冷めたもので「きらきらネーム。痛い。恥ずかしい」と一蹴。必要がない限り彼女は自分の名前を漢字では記さなかった。かくいう私も神音聖歌(かんのん・せいか)などと大層な名を授かっているためにその心中は多少なり察することが出来る。名は個人を現す明快なアイテム。話の種にされやすいのだ。多感な高校二年生は針の穴のような悩みを多く抱え込んでいる。 「今日はなんだったの?」 「ボイトレ。もう成長の兆しすら見られない……」  勉学の方はからきしであるはずの彼女は、しかし時折やけに難しい言い回しを使う。読書が趣味の私もそういう傾向にあるけれど、気安く話すには障害だろうとなるべく気をつけている。それがなぜだか彼女が使うとテンポがよく面白気だ。  コンタクトは窮屈だと愚痴を吐きつつ眼球に指を近付ける。両目共に無問題の視力を維持してきた私は当然眼鏡もコンタクトも未経験。ぞくりと怖さが背筋を撫でて、人事ながら息を呑む。これを見るのは三度目だ。彼女は偶に私の家を更衣室代わりに使う。ここから着替えてスタジオなりへと向かうのだ。そのときにうっかり着替えを忘れると、用事が終わってからまた戻ってくる。今日の例外を除いて他二回、この姿の彼女が訪れたのはそういう理由からだった。 「明るい」 「なに?」 「目。ルナってもともと色素薄いでしょう?」  コンタクトが取り払われ露わになった彼女の瞳は明るい半透明のブラウン。髪は更に強い彩度の茶髪で、これは染められたものだけれど、程よく桃色の乗った白い肌によく似合う。地から色素の薄い証拠だった。 「お母さんがさー、私がお腹の中にいるっていうのに髪とか染めまくってたんだって。そしたらもう見事にね」 「大丈夫なの、それって」  身体に悪い影響はないのだろうか。色素の薄さはそのまま紫外線に対する抵抗力の低さを意味する。
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