11人が本棚に入れています
本棚に追加
見つめ合うこと数秒。
「人間、どこから来た。」
重く、深く。どこまでも透き通りそうな声が巨大な鹿から聞こえた。
巨大な鹿が喋りだしたのだ。
(……喋った! あいつ、言葉を喋れるのか……。)
「織田隆久。ここにどうやって来たのかはわからない。」
内心とって食われるじゃないかと思いながら震える声で自己紹介をする。
「そうか……。貴様は元の世界へ帰りたいか?」
「え?」
「帰りたいのかと聞いている。」
「……。」
どうだろう。俺はこの世界に来て間もない。帰えるかとか考えてすらいなかった。
というか、今は怖くてそれどころじゃない。少し言葉を間違えたら食われることは確定だろう。
足が震える。まさか、異世界に来たとたんに死にそうになるとは。なんて運が悪いんだ。
「む? ……ああ。この姿は貴様にとっては驚異か。怖がるのも無理ない。ふむどれ。」
す、巨大な鹿が一瞬輝いた。その光で一瞬目をつぶる。
目を開けると、鹿が消えて青年がいた。
うわっ。イケメン。というか変身もできるのか。最近の鹿はすごいな。
「うむ。久々に化けてみたが。うまくいったみたいだな。」
声も適度に低い、男も女も魅了しそうなイケメンボイスに変わっていた。
「さて。これで怖くなかろう。先程の質問の答えを聞こうか。どうなんだ?」
巨大鹿改め、イケメンがゆっくりと心に染み渡るような声で聞いてくる。
「まだ、わかりません。」
「ほう……。では、今のところ元の世界に帰る気はないのか?」
「そうなりますかね……。」
俺は今、知らない青年(元巨大鹿)と話している。なんだこれは…。シュールすぎる…。
「やることはあるのか?」
「今のところは特に……。」
「ふむ。」
イケメンがなにやら沈黙した。
この沈黙は緊張する……。なんだ。変なこと言ってしまったか? やっぱり元の姿に戻られて食われるのか?
不安で胃が痛みだした。
最初のコメントを投稿しよう!