詩織と信吾

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2013年、4月第2週某日。 東京都内…葛飾区と中央区とを結ぶ《首都高速6号向島線》を走り、南下して江東区を目指している、1台の黒い小型普通自動車…。 『ねぇねぇ、こっち見て。ほら、スカイツリー見えるよー』 助手席に座る詩織が僕の左肩を軽くトントンと叩きながら、左向こうを指差した…けど、僕は絶対に振り向かない。 『…。』 『信吾、ねぇってばぁ。見ないの?』 『《見ない》んじやなくて、運転中だから《見れない》んだって…』 自動車運転免許証を取得して、やっと1ヶ月とちょっと。まだまだ高速道路の走行は慣れてない…つか、少しだけ怖い。 脇見なんかできる余裕なんて、今の僕にはない。 『うん。そうだね…ゴメン。いつも安全な運転とお迎え、毎日本当にありがとう』 僕も黙ってウンと頷いた。 某県藤浦市を出て、僕らが東京都に移り住んだのは去年の11月末。 詩織は荒川区内のお洒落なマンションに。 僕も荒川区内だけど、詩織の住むマンションとは少し離れた、2年前に建ったばかりだという小さなアパートに。 それから僕は今年の2月…タレント養成所に通いながら自動車教習所にも通い始め、度々休みながらもやっと、約3ヶ月ほどで免許を取得。 この運転免許証取得は冴嶋社長の指示…というか、社長の《教習所費用と自動車購入代金は、会社の経費として援助させてもらうから安心して》の一声もあって。 僕が詩織の《専属メイク師+サブマネージャー》になるのなら、やっぱり車での送迎くらいできないとね。 …っていうのが、僕のなかのサブマネージャーのイメージ。 じゃあ、11月から先月までのあいだ、何をしてたの?を詳しく…。 先ほどの説明のとおり、養成所で演技力や演出技術の鍛錬に励んでた。約3ヵ月間ほぼ毎日。 詩織は養成所通いに専念してたけど、僕はひと月ごとに2日、養成所や自動車教習所を休ませてもらって早瀬ヶ池にひとりで帰り、アンナさんから色々なメイク技術を教えてもらってた。 『ねぇ信吾…。《星の夜(よ)と月とシンデレラ》のキャストオーディション…私、大丈夫かなぁ…』 《星の夜と…》とは、来週から放送が開始される新番組。青春系恋愛ドラマ。 『大丈夫だよ。社長も《詩織ちゃんの演技力は、新人とは思えないくらい凄い!》って言ってくれてたじゃん。自信持って』 『けど…今度で3回目だけど、また決まらないかも…』 『…。』
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