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彼らの姿が事務所のドアの向こうに、消えて見えなくなったそのすぐ、詩織が『ねぇ、信吾』と、僕に声を掛けてきた。
『うん…何?』
『鈴ちゃんが京都のロケから戻ってくるのって、確か今日だったよね?夕方4じ…』
『えっ?違うよ。明日だよ』
『えーっ!?明日だったっけ!?』
事務所内の隅々に、詩織の声が響き渡った。振り返る社員さん達。
『うん。明日の夕方』
『明日なのね…私、勘違いしちゃってた…』
…そんなこんなで、あれから3週間後。
5月第1週目の水曜日。時刻は午後3時を少し過ぎた頃。僕らは今日も《冴嶋プロダクション》の事務所に呼ばれて来ていた。
『…あ、うん。そうなんだぁ』
詩織と僕は事務所内の、薄い壁と扉一枚で隔てられている、狭い《所属タレント用簡易控え室・B号室》の中で座って待っている。
詩織は某バラエティー番組収録の合間の、休憩時間中の伊藤鈴ちゃんとの電話中。
『…鈴ちゃんは収録が済んだあとだけど、どうするの?…ううん。えっと、夜ご飯…』
…本心を言えば、僕も鈴ちゃんと話したい…つか、鈴ちゃんから掛かってきたのは僕のスマホ。
つまり、詩織は電話が掛かってきた相手が鈴ちゃんだと知るや否や、僕から僕のスマホを奪い、堂々と電話している最中…。
『…うん。じゃあ一緒に夜ご飯食べよ…えっ?この前のオーディションの結果?…ううん。また駄目だったの…』
次の話題は、先日のオーディションのことらしい。
『…うん。なんかね、社長は青山優実ちゃんがヒロイン役だったのが嫌…てゆうか、優実ちゃんが所属する事務所が個人的に嫌いとか、って理由で…』
それにしても僕ら、今日は何で事務所に呼び出されたんだろう…?
…なんて考えていたら…。
『えぇっ!?』
…詩織の叫び声が、また事務所内に響き渡った。それと同時に、僕に向かって大きく手招きをし、慌てて僕を呼んでいる詩織。
僕も急いで詩織の隣へと移動した。
「信吾!もっと鈴ちゃんの声が聞こえるように近づいて!」
「うん」
電話の向こうの鈴ちゃんや、事務所の他の社員さん達には聞かれないよう、小声で詩織は僕に言った。
僕はスマホの背中にくっつくぐらいまで、ぐいっと耳を近づけた。
『…えっと…鈴ちゃん、ごめんなさい。よく聞こえなかった。も、もう一度言って…』
「…うん。だからね、今私が話した事は《ここだけの内緒の話》なんだけど…」
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