詩織と信吾

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おぉ。鈴ちゃんの声がよく聞こえる。 「…優実ちゃんの所属する事務所は《オフィスR.S.T》って事務所なんだけど…その事務所の社長、《林原文雄》さんは…冴嶋社長の《元・旦那さん》なの…」 …えっ? 「…なんか、タレント事務所の経営の方針や方向性の違いが原因で、別れ…」 『信吾!聞いた!?』と言わんばかりの丸くした目で僕を見る詩織。僕もしかと詩織を見て頷いた。 …その話題が済むと、なんだか詩織と鈴ちゃんの会話が途切れ、少し気まずそうな空気と、沈黙の時間が数秒間続いた…。 『…鈴ちゃん、まだ…いいの?休憩時間…』 「…うん。山本さん、まだ呼びに来ない様子だし…」 『…。』 「…。」 僕は離れて座り直し、一旦体制を戻そうとした…。 因みに《山本さん》とは、鈴ちゃんと詩織の担当マネージャー。40歳代の女性。 「…そういえば詩織ちゃん、そろそろ二人で東京都内の街を歩きたいなぁ…って思う頃じゃない?」 『えっ?二人…って誰と?鈴ちゃんと?』 「あははは。私とじゃなくて。《金魚ちゃん》と…ね」 『…。』 『…。』 詩織と僕は黙ったまま、また目線を交わした。 …本当は《詩織と金魚》ペアは…今日までに既に何度か…事務所に内緒で東京都内を探検散策…もう4回ほど出没していた…。 実は社長からは『岩塚信吾くんの女装姿…池川金魚ちゃんは《我が事務所の秘密兵器》なんだから。私が許可を下すまで…ちゃんとデビューを果たすまでは、金魚ちゃんの姿で都内を歩き回るのは禁止ね。絶対よ』…と、前もって注意されていたんだけど…。 そのことは、鈴ちゃんだって知ってる。だから鈴ちゃんに『えっ?ううん。もう二人で東京都内を歩き回ってるよ』なんて…絶対に、口が裂けても言えない…。 『…はーぁ。危なかったね。信吾。鈴ちゃんにバレちゃうとこだったね…』 『…。』 詩織は鈴ちゃんとの電話を終えたスマホを僕に返した。 つか、『もぉ我慢できない!金魚と東京都内の街を、目一杯歩きたーい!』って先に言い出したの、詩織だったし…。
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