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そのあとの直ぐに、簡易控え室の扉の向こうから声がした。
『詩織ちゃん、信吾くん。入ってもいいかしら?』
『あ、はい。どうぞ…』
この声は冴嶋美智子社長だ。
冴嶋社長は若い男性とともに、この狭い控え室へと入ってきた。
僕と向かい合って座っていた詩織は僕の隣に移動し、冴嶋社長は彼と並んで、僕らと向かい合うように座った。
『藤里くんと会うのは…信吾くんも詩織ちゃんも初めてよね?』
『あ…はい』
『はい』
冴嶋社長は僕らに頷いて応えた。
『じゃあ、彼をご紹介するわね』
僕も詩織も、目の前の《藤里くん》という若い男性に視線が釘付け。
『彼は藤里紳吾くん。長野県出身の28歳…』
しんごさん…僕と同じ名前だ。…って、そんなことぐらいは別に、物凄く珍しいってほどの事ではないけど。
『藤里紳吾です。宜しくお願いします』
藤里さんは、一度立ち上がって会釈をした。僕らも座ったまま揃って頭を下げて応えると、藤里さんはまたゆっくりと座った。
『藤里くんは、将来有望な《若手演出家》なの』
若手演出家…?
『…彼に、2年前のあなた達の《あの街での出来事》を聞かせてあげてほしいの』
『社長!』
詩織は力強い視線で、優しい視線を詩織へと配った冴嶋社長と見合った。
『《あの街での出来事》を藤里さんに聞かせて…って、まさか瀬ヶ…《早瀬ヶ池》での《あの子の誕生秘話》の話を…ですか?』
冴嶋社長は、柔らかな笑顔でウンと頷いた。
『…だって!…でも《あの事》は、今はまだ会社の関係者の方以外には、企業秘密だって…社長が!』
そう。《池川金魚》の存在や正体、今までの経緯、その他の金魚に関する全ての情報などは、今のところは《社外秘厳守》と決められていた。
《関係者以外は…》
この言葉のとおり、実は金魚の存在は、《冴嶋プロダクション》の社員であれば全員が知っている。
多くの所属タレントさん達も知っているし、もちろん靖高くん達のメンバー全員も。
…ただ、実際の池川金魚は、社内でも《噂》というレベルであって、《僕の真の女装姿》を見た人は、関係者内であってもほとんどいない。
僕だって誰にも見せていないし、話してもいない。冴嶋社長にそうお願いされていたから。
『…でも…こんな言い方は藤里さんに大変失礼だとも思うんですけど…今、藤里さんに話してほしいというのは、どういった理由があるんですか…?』
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